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松江地方裁判所 昭和40年(ワ)10号 判決

原告 鳥取漁網株式会社

被告 国

訴訟代理人 村重慶一 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

原告「松江地方裁判所昭和三九年(リ)第一四号動産に対する強制執行の配当手続事件について昭和四〇年一月七日同裁判所が作成した配当表中『債権者島根県厚生部保険課長元金一、一〇八、二七六円、利息損害金三、三〇〇円、その他一五〇円合計一、一一一、七二六円、支払額一、一〇二、七九八円、債権者鳥取漁網株式会社元金七二六、〇〇〇円その他一、九八〇円合計七二七、九八〇円、支払額〇円』とある部分を『債権者鳥坂漁網株式会社の前記債権に対する支額払七七〇、六〇八円、債権者島根県厚生部保険課長の前記債権に対する支払額を三三二、一一八円』と更める。訴訟費用は被告の負担とする」との判決。

被告「主文同旨」の判決。

第二、当事者双方の主張

一、原告の請求原因並びに被告の主張に対する原告の陳述

1  原告は訴外隠岐開発漁業株式会社(以下隠岐開発という)

に対し、米子簡易裁判所昭和三四年(イ)第二六号事件の執行力ある和解調書正本に基き七〇一、六二〇円(内訳元本七〇〇、〇〇〇円、手続費用一、六二〇円)の債権(以下本件債務名義に基く債権という)を有し、且つ隠岐開発に対し昭和三六年四月二二日クレモナタール染漁網一五本六節三反を代金六一、五〇〇円で、同年六月二四日クレモナ漁網一五本六節五反を代金九七、五四〇円、昭和三七年九月一二日スバンナイロン網二四本五節五反を代金一七九、五〇〇円、同一五本六節一五反を代金三五四、〇〇〇円で各売渡し、同月一三日現在隠岐開発に対し合計六九二、五四〇円の売掛代金債権(以下本件売掛代金債権という)を有していたところ、松江地方裁判所執行吏佐々木薫に委任し、隠岐開発に対する本件債務名義に基き、昭和三九年六月八日別紙目録(一)、(二)記載の動産(以下第一の物件という)につき、同月九日同目録(二)記載の動産(以下第二の物件という)につき各差押をなさしめた。右執行吏は昭和三九年七月三」日第一、二の物件を競売に付し、同日第一の物件中(一)の物件は一、〇〇五、〇〇〇円で第一の物件中(二)の物件及び第二の物件は一二七、四〇〇円で各競落された。右競売事件において被告ら数名の債権者が配当要求をしたので、松江地方裁判所昭和三九年(リ)第一四号動産に対する強制執行の配当手続事件として係属したところ、被告は昭和三九年六月一五日同裁判所に対し隠岐開発に対して有する健康保験料一四三、八九二円、厚生年金保険料六七、五〇〇円(但しいずれも昭和三七年九月ないし同三八年六月同年一一、一二月分)、滞納処分費五〇円、及び船員保険料七九四、八六八円(但し昭和三八年四月ないし同年六月、同三九年三、四月分)について国税徴収法八二条による交付要求をし、更に昭和三九年六月二三日隠岐開発に対する昭和三九年五月分の船員保険料一〇二、〇一六円及び滞納処分費一〇〇円につき滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律二一条、国税徴収法八二条により差押及び交付要求をした。被告は本件配当手続事件において右交付要求額を合計一、一二〇、五七四円(内訳健康保険料一四三、八九二円、厚生年金保険料六六、五〇〇円、船員保険料九〇六、七三二円、同延滞金三、三〇〇円、滞納処分費一五〇円)に改めた。原告は本件配当手続事件において本件債務名義に基き七〇〇、三三〇円(内訳元本七〇〇、〇〇〇円、費用等三三〇円)の、本件売掛代金を含む商品代金債権に基き七二六、〇〇〇円及びこれに対する昭和三七年九月一二日から配当期日までの日歩二銭八厘の割合による約定利息金の配当を求めたところ、松江地方裁判所は昭和四〇年一月七日被告に対し一、一〇二、七九八円を配当し、原告に対しては配当しない旨の配当表を作成した。しかしながら後記のとおり第一の物件中(一)の物件の競落代金のうち七七〇、六八〇円(即ち本件売掛代金六九二、五四〇円及びこれに対する弁済期後である昭和三七年九月一三日から競落期日の昭和三九年七月三一日までの商事法定利率年六分の割合による利息金七八、一四〇円の合計額)については原告に優先配当を受ける権利があり、被告の本件交付要求は原告の劣位にある。仮にそうでないとしても被告の本件交付要求は次のとおり法令に違反し無効であるから、これが有効であることを前提とする本件配当表は違法である。

2  本件配当表が違法である理由

(一) 原告は第一の物件中大羽鱸網一統(以下本件大羽鱸網という。)につき国税徴収法二〇条一項一号所定の先取特権を有するものである。即ち前記のとおり原告は隠岐開発に対しクレモナタール染漁網等を売渡し、昭和三六年九月一三日現在六九二、五四〇円の売掛代金債権を有しているところ、本件大羽鱸網は右売渡にかかる漁網等をその主要な構成部分としているから、原告は右大羽鱸網全部につき民法三三〇条一項の動産売買による先取特権を有するものである。しかして国税徴収法二〇条一項には「質権と同一順位又はこれらに優先する順位の動産に関する特別の先取特権が納税者の財産上に国税の法定納期限等以前からあるときは、その国税はその換価代金につきその先取特権により担保される債権に次いで徴収する。」旨規定されている。一方民法三三〇条には同一の動産につき競合する特別の先取特権の順位につき第一順位不動産賃貸、旅店宿泊及び運輸の先取特権、第二順位動産保存の先取特権、策三順位動産売買、稲苗肥料供給及び農工業労役の先取特権と定めており、且つ第一順位の先取特権者が債権取得の当時第二又は第三順位の先取特権者あることを知りたるときはこれに対して優先権を行なうことを得ずと規定しているから、同一動産につき先順位の先取特権が存在しないときは第三順位の動産売買の先取特権が第一順位の先取特権となるものと解すべきである。そして同法三三四条によれば「同一動産につき先取特権と動産質権とが競合する場合、動産質権者は同法三三〇条に掲げた第一順位の先取特権者と同一の権利者を有する。」ことになるので、先順位の先取特権が存在しない本件においては原告が本件大羽鱸網につき第一順位の先取特権を有し、且つ動産質権を有する者と同一の権利を有することになる。従つて原告は本件大羽鱸網につき国税徴収法二〇条一項一号所定の「質権と同一順位の動産に関する特別の先取特権を有する者」であり、且つ被告の交付要求にかかる前記保険料等債権の法定納期限は原告が本件先取特権を取得した後に到来しているから、本件大羽鱸網の換価代金につき原告は右先取特権をもつて被告に優先しうるものである。

(二) 仮に原告の右主張が理由のないものとしても、被告の本件交付要求は次のとおり国税徴収法並びに国税徴収法施行令に違反しているから無効である。

(イ) 被告の昭和三九年六月一五日の本件交付要求書には国税徴収法施行令三六条所定の差押財産の手続に係る事件の表示並びに当該財産の名称、数量、性質及び所在が記載されていないから本件交付要求は違法である。

(ロ) 前記のとおり原告は本件大羽鱸網につき第一順位の先取特権を有しているのであるが、被告はこのことを知りながら本件交付要求に際し原告に対し国税徴収法八二条三項、五五条所定の通知をしなかつたから本件交付要求は違法である。

(ハ) 被告には国税徴収法四八条、四九条により本件交付要求にかかる健康保険料等債権(以下本件保険料債権という)を徴収するために必要な財産以外の財産を差押えることができず、且つ滞納者の財産を差押えるに当つては、滞納処分の執行に支障がない限り、その財産につき第三者が有する権利を害さないよう努力しなければならない責務があるところ、被告は本件交付要求当時次のとおり穏岐開発所有の不動産及び船舶等を差押えており、(被告は本件保険料債権等を徴収するため昭和三二年八月二九日隠岐開発所有の境港市栄町九二番の一所在の宅地及び事務所を同三八年四月八日同所有の汽船第一三おき丸、第一五おき丸を、同三九年六月八日隠岐島漁業協同組合の事務所及び倉庫にあつた隠岐開発所有の船具及び漁具を、同年七月一日同所有の島根県八束郡美保関町森山フサケ谷家屋番号同町七七二番の四木造瓦葺平家建倉庫一棟建坪四〇坪(以下本件倉庫という。)を各差押えた。)且つ国税通則法四六条五項の担保として同法五〇条六号により昭和三八年八月一六日頃訴外中川秀政及び同面野正男をして本件保険料債権につき連帯保証をなさしめているから、これをもつて本件保険料債権を充分徴収できるのであつて、第二の物件を差し押える必要も、第一、二の物件の換価代金に対し交付要求をする必要も全くなかつたのである。又隠岐開発はその他に換価の容易な財産で第三者の権利の目的となつていない船舶(第五、六開発丸、伝馬船しらしま丸等)漁業権、漁具及び船舶賃貸料(隠岐開発は第六開発丸を片江巾着網漁業生産組合に一ケ月一〇万円で賃貸していた。)を有しており、これを差押え換価すれば本件保険料債権は充分徴収できたはずである。従つて本件交付要求は国税徴収法四八、四九条八三条に違反し無効である。なお被告は右不動産及び汽船等には多額の抵当権設定或は仮差押があつた旨主張するが、本件倉庫は被告の差押が解除された後の昭和四〇年三月二六日隠岐開発より訴外森山憲治に対し三二五、〇〇〇円で売却されているから、少くとも右差押当時本件倉庫は同額の価値があつたものであり、被告の昭和三九年六月二三日付交付要求にかかる船員保険料等債権は右倉庫の換価代金をもつて満足し得たのである。

(ニ) 前記のとおり隠岐開発は第一、二の物件の他に換価が容易で且つ第三者の権利の目的となつていない財産があり、被告はその財産により本件保険料債権の全額を徴収できるのに、他方原告は本件交付要求により自己の債権の弁済を受けることができなくなるので、昭和三九年八月七日被告に対し国税徴収法八五条に基き本件交付要求の解除を請求したが、被告は昭和三九年八月二五日付書面をもつて右請求の棄却を通知して来た。しかしながら前記の理由により本件解除請求は違法であり、被告は本件交付要求を解除すべきであるから、本件交付要求が適法に存続することを前提とする本件配当表は違法である。

3  よつて原告は昭和四〇年一月七日の配当期日に出頭して本件配当表のうち被告に対する部分につき異議を述べたが、異議が完結しなかつたので、本件配当表を変更し、「原告に対し七七〇、六八〇円、被告に対し三三二、一一八円を配当する。」との判決を求める。

二、請求原因に対する被告の答弁並びに主張

1  被告の答弁

請求原因第1項の事実のうち原告が隠岐開発に対しその主張のような漁網を売渡し本件売掛代金債権を有することは知らない。本件大羽鱸網の競売代金について原告に優先配当を受ける権利があり、被告の本件交付要求が原告の劣位にあること、本件交付要求に法令違反があるとの点及び原告が隠岐開発に対し本件債務名義に基き七〇〇、〇〇〇円の債権を有することは否認する、その余は認める。同第2項(一)の事実は否認する。同項(二)の(イ)の事実のうち被告の昭和三九年六月一五日付交付要求書に差押財産全部の名称、数量、性質及び所在が記載されていないことは認めるもその余は否認する。同項(二)の(ロ)の事実のうち被告が本件交付要求に際し原告に対し国税徴収法八二条三項、五五条所定の通知をしなかつたことは認めるも、その余は否認する。同項(二)の(ハ)の事実のうち国税徴収法に原告主張のような規定の存すること、被告が本件交付要求当時原告主張のような隠岐開発所有の不動産、船舶及び船具、漁具等を差し押えていたことは認めるも、その余は否認する。同項(二)の(ニ)の事実のうち原告が本件交付要求により自己の債権の弁済を受けることができなくなること、原告が昭和三九年八月七日被告に対し国税徴収法八五条に基き本件交付要求の解除を請求し、被告が昭和三九年八月二五日付書面をもつて右請求棄却の通知をしたことは認めるも、その余は否認する。請求原因第3項の事実のうち原告がその主張の配当期日にその主張のような異議を述べたことは認めるもその余は争う。

2  被告の主張

(一) 請求原因第2項(一)について

民法三三四条によつて動産質権と同一の順位を有する先取特権とは同法三三〇条一項掲記の「不動産賃貸、旅店宿泊及び運輸の先取特権」のみであつて、原告主張の動産売買の先取特権はこれに該当しない。右第一順位の先取特権は、いずれもなんらかの意味で先取特権者の事実上の支配内にある物を対象としており、またこれを法定質権とする立法例(たとえばドイツ民法五五九条)からも推論できるように、当事者間に黙示の担保契約の成立を推測することが容易なものであつて、当事者の意思の推測に基くいわば一種の法定質権ともいうべき性質のものである。これに対し、第二順位、第三順位(動産売買の先取特権はこの順位に属する)の先取特権は、公平の見地に基くものであり、その根拠を異にしている。一方動産質権は前記第一順位の先取特権とほぼ同じ根拠に基き優先権を与えられたものであるから、その順位関係について同法三三四条はこれを前記第一順位の先取特権と同列においたのである。従つて動産質権が前記第二順位以下の先取特権に優先することは明らかであり原告主張のように第一順位、第二順位の先取特権者がなければ当然に第三順位の先取特権者が動産質権者と同一順位になるものではないから仮に原告が本件大羽鱸網につきその主張のような先取特権を有するとしても、これをもつて国税徴収法二〇条一項一号所定の先取特権ということはできない。

(二) 請求原因第2項(二)の(イ)について

国税徴収法施行令三六条一項によれば交付要求に係る強制換価手続が滞納処分以外の手続であり、且つその手続に係る財産の全部について交付要求をする場合は、交付要求書にその手続に係る事件の表示のみをすれば、当該財産の名称、数量、性質及び所在を記載しなくても交付要求書の記載としては十分であるところ、本件交付要求は滞納処分以外の手続による強制換価手続(強制競売)につきその手続に係る財産の全部についてなされたものであり、本件交付要求書(甲第五号証の一、二)には事件番号をもつて右強制競売事件が表示されているから適法である。仮に本件交付要求書が何等かの意味で不備であるとしても、前記施行令は交付要求の対象財産を特定するため交付要求書に一定の事項を記載することを定めているに過ぎず、本件交付要求書の前記記載によつてもその対象財産は十分特定できるから本件交付要求は適法である。

(三) 請求原因第2項(二)の(ロ)について

国税徴収法八二条三項、五五条に定める通知を要する相手方は同法五〇条一項に規定する権利者に限られるところ、原告は右の権利者に該当しないから被告は本件交付要求に際し原告に対して右の通知をしなかつたものである。

(四) 請求原因第2項(二)のハについて

被告は本件保険料債権を徴収するために必要な財産以外の財産を差押えておらず、又右差し押えに当つては滞納処分の執行に支障がない限り、その財産につき第三者の有する権利を害さないように努めているが、本件交付要求当時隠岐開発は第一、二の物件の他に換価が容易で第三者の権利の目的となつておらず、かつその財産により本件交付要求にかかる保険料債権の全額を徴収することができるような財産を有していなかつた。即ち被告は本件保険料債権の他に昭和四〇年三月六日現在隠岐開発に対し別表記載のような船員保険、健康保険及び厚生年金保険料の各延滞金等債権を有していたところ、昭和三二年八月二九日右債権等を徴収するため隠岐開発所有の境港市栄町九二番の一所在の宅地及び事務所を差し押えたが、右不動産には訴外山陰合同銀行を権利者とする合計二、六三〇万円の抵当権が設定されていた。被告は昭和三八年四月八日隠岐開発の汽船第一三おき丸、第一五おき丸を差押えたが、右船舶には訴外農林金融公庫を権利者とする一、一〇〇万円の抵当権、訴外山陰合同銀行を権利者とする合計二、〇七〇万円の抵当権が設定されていた。訴外中川秀政及び同面野正男は昭和三八年八月一六日隠岐開発の船員保険料一、二二八、八六六円(自昭和三七年一〇月至同三八年六月分)、健康保険料二四九、七九五円(自昭和三六年八月至同三八年六月分)及び厚生年金保険料一二二、七二〇円(自昭和三六年八月至同三八年六月分)について国税通則法四六条五項の担保として、同法五〇条六号により連帯保証人となつたので、被告は隠岐開発に対し同法四六条二項、四項に基き納付猶予(分割納付)をした。被告は隠岐開発に対する昭和三九年三月分の健康保険料九〇、三〇四円を徴収するため昭和三九年六月八日原告主張の船具及び漁具を差押えたが、右動産は前記昭和三八入年四月八日差し押えにかかる船舶の属具であることが判明したので同四〇年三月一三日差押を解除した。被告は本件配当手続事件において、松江地方裁判所に対し昭和三九年六月一五日隠岐開発に対して有する健康保険料一四三、八九一円、厚生年金保険料六七、五〇〇円(いずれも自昭和三七年九月至同三八年六月分同年一一、一二月分)滞納処分費五〇円及び船員保険料七九四、八六六円(自昭和三八年四月至同年六月、同三九年三、四月分)について国税徴収法八二条による交付要求をし、更に昭和三九年六月二三日隠岐開発に対する昭和三九年五月分の船員保険料一〇三、〇一六円及び滞納処分費一〇〇円につき滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律二一条、国税徴収法八二条により差押及び交付要求をした。(以上の交付要求が本件交付要求である。)被告は隠岐開発に対する昭和三九年四月分船員保険料一二五、一三六円、厚生年金保険料延滞金一、四〇〇円及び滞納処分費一五〇円を徴収するため昭和三九年七月一日隠岐開発所有の本件倉庫を差し押えたが、同建物には、昭和三八年一二月二四日訴外まるか船用品株式会社を権利者とする仮差押がなされていた。その後昭和四〇年一月七日松江地方裁判所において被告に対し一、一〇二、七九八円を配当し、原告に対しては配当しない旨の配当表が作成されたが、同日原告が右配当表のうち被告に対し配当する部分につき異議を申立、昭和四〇年一月一八日本訴を提起したため、同裁判所は昭和四〇年二月三日被告に対し異議のない四一〇、二五八円を交付し、被告は同日内二六四、三二六円を昭和三八年四、五月分の船員保険料、滞納処分費に、残りの一四五、九三二円を自昭和三七年九月至同三八年四月分の健康保険料、厚生年金保険料に充当した。その後隠岐開発が被告に対し本件保険料債権のうち九、九二八円を支払つた。

前記のとおり被告が差押えた隠岐開発の船舶不動産等には本件保険金債権に優先する多額の抵当権が設定されており、又本件倉庫は仮差押があるばかりか、隠岐開発には本件保険料債権に優先する固定資産税等六一五、〇五〇円があり、右船舶及び不動産を公売に付しても本件保険料債権の全額を徴収することは不可能な状態にあつた。そこで被告は昭和四〇年三月一三日前記滞納処分による差押を解除し、訴外中川秀政及び同面野正男の納税保証についても同日これを解除した。

以上のとおり本件交付要求当時隠岐開発は本件保険料債権を徴収するに足る換価の容易な第三者の権利の目的となつていない財産を有していなかつたから被告の本件交付要求は国税徴収法八三条に違反していない、又仮に同条に違反しているとしても同条は訓示規定であるから本件交付要求の効力には影響がない。原告は前記中川秀政及び面野正男が本件保険料債権の一部を保証していることをとらえて、本件交付要求の制限あるいは交付要求の解除の理由となるように考えているもののようであるが、この両名が保証していることが国税徴収法八三条、八五条にいう「滞納者が……財産を有して」いるということにならないことは明らかである。又原告は被告の昭和三九年六月二三日付差押が国税徴収法四八、四九条に違反する旨主張するが右規定は訓示規定であつて効力規定ではなく、仮にそうでないとしても右差押の瑕疵は本件交付要求の効力に何等の影響も及ぼすものではない。

(五) 請求原因第2項(二)の(ニ)について

前記のとおり原告が昭和三九年八月七日被告に対し本件交付要求の解除を請求した当時隠岐開発は本件保険料債権を徴収するに足る換価の容易な第三者の権利の目的となつていない財産を有していなかつたから原告の右解除請求は国税徴収法八五条の要件を充足していない。仮に原告の右解除請求に理由があり、被告の棄却処分が同条に違反しているとしても、右棄却処分が取消されるか或いは被告が本件交付要求を自ら解除しない以上、行政処分の公定力により被告の本件交付要求は法定の効力を有するものである。

以上のとおり被告のなした本件交付要求及び差押の手続は適法であり、仮に何等かの瑕疵があるとしてもそれは重大かつ明白とはいえないから本件交付要求を無効ならしめるものではなく、又本件配当表の違法事由を構成するものではない。

第三、当事者双方の証拠の提出、援用及び認否〈省略〉

理由

一、当事者間に争いのない事実

原告が隠岐開発に対し米子簡易裁判所昭和三四年(イ)第二六号事件の執行力ある和解調書正本に基き七〇一、六二〇円(内訳元本七〇〇、〇〇〇円、手続費用一、六二〇円)の債権を有する旨称し松江地方裁判所執行吏佐々木薫に委任し、右債務名義に基き昭和三九年六月八日第一の物件につき、同月九日第二の物件に,つき各差押をなさしめた。右執行吏は昭和三九年七月三一日第一、二の物件を競売に付し、同日第一の物件中(一)の物件は一、〇〇五、〇〇〇円で、第一の物件中(二)の物件及び第二の物件は一二七、四〇〇円で各競落された。右競売事件において被告ら数名の債権者が配当要求をしたので、松江地方裁判所昭和三九年(リ)第一四号動産に対する強制執行の配当手続事件として係属したところ、被告は昭和三九年六月一五日同裁判所に対し隠岐開発に対して有する健康保険料一四三、八九二円、厚生年金保険料六七、五〇〇円(いずれも自昭和三七年九年至同三八年六月、同年一一月、一二月分)、滞納処分費五〇円、及び船員保険料七九四、八六八円(自昭和三八年四月至同年六月、同三九年三、四月分)について国税徴収法八二条による交付要求をし、更に昭和三九年六月二三日隠岐開発に対する昭和三九年五月分の船員保険料一〇三、〇一六円及び滞納処分費一〇〇円につき滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律二一条、国税徴収法八二条により差押及び交付要求をした。被告は本件配当手続事件において右交付要求額を合計一、一二〇、五七四円(内訳健康保険料一四三、八九二円、厚生年金保険料六六、五〇〇円、船員保険料九〇六、七三二円、同延滞金三、三〇〇円、滞納処分費一五〇円)に改めた。原告は本件配当手続事件において本件債務名義に基き七〇〇、三三〇円(内訳元本七〇〇、〇〇〇円、費用等三三〇円)の配当を求め、更に隠岐開発に対し昭和三六年四月二二日クレモナタール染漁網一五本六節三反を代金六一、五〇〇円で、同年六月二四日クレモナ漁網一五本六節五反を代金九七、五四〇円、昭和三七年九月一二日スバンナイロン網二四本五節五反を代金一七九、五〇〇円、同一五本六節一五反を代金三五四、〇〇〇円で各売渡し、昭和三七年九月一三日現在隠岐開発に対し合計六九二、五四〇円の売掛代金(本件売掛代金)他三三、四六〇円の商品代金債権を有する旨称し、合計七二六、〇〇〇円及びこれに対する昭和三七年九月一三日から配当期日までの日歩二銭八厘の割合による約定利息金の配当を求めた。松江地方裁判所は昭和四〇年一月七月の配当期日に被告に対し一、一〇二、七九八円を配当し、原告に対しては配当しない旨の配当表を作成したところ、原告は同期日に出頭して本件配当表のうち被告に対する部分につき異議を述べたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二、本件配当表が違法無効であるとの主張について

1  請求原因第2項(一)の主張について

原告は、第一の物件中本件大羽鱸網につき民法三三〇条一項の動産売買による先取特権を有するところ、右先取特権は民法三三四条、三三〇条により国税徴収法二〇条一項一号所定の「質権と同一の順位又はこれらに優先する順位の動産に関する特別の先取特権」に該当するので、被告の本件保険料債権に優先する旨主張する。しかしながら民法三三四条によつて動産質権と同一の順位を有する先取特権とは、同法三三〇条一項第一掲記の「不動産賃貸、旅店宿泊及び運輸の先取特権」をいうのであつて、動産売買の先取特権はこれに当らないことは右各法条の文理上並びに右各法条の立法理由が被告主張のとおりであることに徴し明らかである。もつとも民法三三〇条二項の適用ある場合、即ち右の第一順位の先取権者が債権取得の当時、第二又は第三順位の先取特権者のあることを知つていたときにはこれらの先取特権者に対して優先権を行うことを得ない結果、例外として第三順位の動産売買の先取特権者も右の第一順位の先取特権者より先順位に立ち、従つて国税徴収法二〇条一項一号所定の「質権と同一の順位又はこれらに優先する順位の動産に関する特別の先取特権」を有する者に当る場合があろう。しかし右は第一順位の先取特権者と第二又は第三順位の先取特権者があつて、しかも右の如き例外の事情が存する場合に限るのであつて、原告主張のように第一順位、第二順位の先取特権者がなければ当然に第三順位の先取特権者が動産質権者と同一順位になると解すべきものではない。それ故仮に原告が本件大羽鱸網につき民法三三〇条一項の動産売買による先取特権を有するとしても、本件においては民法三三〇条二項の適用ある場合でもないから、原告の右動産売買の先取特権をもつて国税徴収法二〇条一項一号所定の先取特権に該当するということはできないので、右先取特権が被告の本件保険料債権に優先するとの原告の主張は採用できない。

2  請求原因第2項(二)の主張について

(一)  被告は本件交付要求が国税徴収法四八条、四九条、八二条三項、五五条、八三条、八五条、国税徴収法施行令三六条に違反しているから無効である旨主張するが、本件交付要求は国税徴収法八二条により被告に帰属せしめられた権限であつて、該交付要求により被告は滞納処分以外の強制換価手続による換価代金につき優先配当を受ける権利を取得し、一方後順位権利者は右換価代金より配当を受ける権利を失うのであるから、右は一つの行政処分というべきところ、行政処分はたとえ違法であつてもその違法が重大かつ明白で当該処分を当然無効ならしめるものと認むべき場合を除いては、適法に取り消されない限り、完全に法定の効力を有するものであるから、本件交付要求に右の無効原因があるかどうかについて次に検討する。

(二)  請求原因第2項(一)の(イ)の主張について

国税徴収法施行令三六条一項によれば交付要求に係る強制換価手続が滞納処分以外の手続であり、且つその手続に係る財産の全部について交付要求する場合は交付要求書に対象財産の名称、数量、性質及び所在を記載することは必要でなく、その手続に係る事件の表示で十分であるところ、〈証拠省略〉を総合すると、昭和三九年六月一五日付の本件交付要求書には交付要求の対象となる財産につき旋網漁業用漁網一統分とのみ記載されており、その全部の名称、数量、性質及び所在が記載されていないが事件番号、差押年月日、執行機関名の記載により当該強制換価手続(強制競売事件)が表示されており、且つ右交付要求が右強制競売にかかる財産全部についてなされたものであることがその記載上認められるから、右交付要求書の記載は適法である。

(三)  請求原因第2項(二)の(ロ)の主張について

国税徴収法八二条三項、五五条に定める通知を要する相手方は同法五〇条一項に規定する権利者、即ち本件について云えば同法二〇条一項一号の「質権と同一の順位又はこれらに優先する順位の動産に関する特別の先取特権」を有する者で且つ被告(本件においては島根県厚生部保険課長)においてその旨を知れている者に限られるところ、原告が右二〇条一項一号所定の先取特権を有する者に該当しないこと前に説示したとおりであるから、原告に対し国税徴収法八二条三項、五五条に定める通知をしなかつたとしても違法ではない。

(四)  請求原因第2項の(二)の(ハ)の主張について

本件交付要求が昭和三九年六月一五日及び同月二三日になされたこと、被告が保険料債権等を徴収するため昭和三二年八月二九日隠岐開発所有の境港市栄町九二番の一所在の宅地及び事務所を、同三八年四月八日同所有の汽船第一三おき丸、第一五おき丸を、同三九年六月八日隠岐島漁業協同組合の事務所及び倉庫にあつた隠岐開発所有の船具及び漁具を、同年七月一日同所有の本件倉庫を各差し押えたこと、被告が国税通則法四六条五項の担保として同法五〇条六号により昭和三八年八月一六日頃訴外中川秀政及び同面野正男をして本件保険料債権の一部につき連帯保証をなさしめたことは当事者間に争いがない。原告は右差押にかかる財産及び納税保証により本件保険料債権を充分徴収できるから第二の物件を差し押える必要も、第一、二の物件の換価代金に対し交付要求をする必要も全くなく、右差し押及び本件交付要求は国税徴収法四八条、四九条、八三条に違反する旨主張するが、〈証拠省略〉を総合すると、前記境港市栄町九二番の一所在の宅地及び事務所には本件保険料債権に優先する債権者訴外山陰合同銀行の被担保債権合計二、六三〇万円の抵当権が、前記各船舶には本件保険料債権に優先する債権者訴外農林金融公庫の一、一〇〇万円の抵当権、訴外山陰合同銀行を債権者とする合計二、〇七〇万円の抵当権が設定されており、前記船具及び漁具は前記各船舶の属具であつて右抵当権の効力が及ぶこと、本件倉庫には昭和三八年一二月二四日訴外まるか船用品株式会社を権利者とする仮差押がなされており、且つその価格は昭和三九年八月七日現在で約四二〇、〇〇〇円であつて本件保険料債権全額を徴収するに足りないこと、訴外中川秀政及び同面野正男の納税保証はは本件保険料債権のうち自昭和三七年一〇月至同三八年六月分の健康保険料、自昭和三七年九月至同三八年六月分の厚生年金保険料及び自昭和三八年四月至同年六月分の船員保険料についてなされたこと、本件保険料債権に優先する多額の固定資産税等債務を負つていたこと、隠岐開発は昭和三九年六月二日八、六〇〇万円余の債務を負担して倒産したことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。以上認定事実を総合すると被告が右差押にかかる財産及び納税保証により本件保険料全額を徴収できたとは到底認められないから、被告の前記差押及び本件交付要求が国税徴収法四八条、四九条、八三条に違反するとは云えない。

次に原告は隠岐開発が右差押財産の他に換価の容易で第三者の権利の目的となつていない財産(船舶、漁業権、漁具及び船舶賃貸料)を有しており、これを差押え換価すれば本件保険料債権は充分徴収できた旨主張し、〈証拠省略〉によると隠岐開発は原告主張のような財産を有しており、これを同月三日から同年七月一〇日頃までの間に売却処分し、或はその代金を受領したことが窺われるが、右差押外財産の換価が容易で且つ第三者の権利の目的となつていないとの点についてはこれを認めるに足る証拠はないから本件交付要求が国税徴収法八三条に違反するとはいえない。

又、原告は前記中川秀政及び面野正男が本件保険料債権の一部を保証していることを指して、本件交付要求の制限あるいは交付要求の解除の理由となるように主張するようであるが、この両名が保証していることが国税徴収法八三条、八五条にいう「滞納者が他に換価の容易な財産で第三者の権利の目的となつていないものを有して」いるということにならないことは明らかである。

(五)  請求原因第2項(二)の(ニ)の主張について

原告が昭和三九年八月七日被告に対し本件交付要求の解除を請求し、被告が同年八月二五日これを棄却したことは当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉を総合すると、原告は昭和三九年八月七日から同四〇年二月六日頃までの間数回にわたつて被告に対し同様の交付要求解除の請求をしたことが認められるが、前記認定のとおり右解除請求当時隠岐開発が本件保険料債権を徴収するに足る換価の容易な第三者の権利の目的となつていない財産を有していたと認めるに足る証拠はないから、原告の右解除請求は国税徴収法八五条の要件を充足していない。仮に原告の右解除請求に理由があり、被告の右請求棄却処分が同条に違反しているとしても、右棄却処分が取消されるか、或は被告が本件交付要求を自ら解除しない以上、行政処分の公定力により被告の本件交付要求は法定の効力を有するものである。

以上のとおり被告のなした本件交付要求及び差押の手続は適法であり、仮にこれについて何等かの瑕疵があるとしても、それが重大かつ明白であるとの点については原告において具体的に主張立証しないから、本件交付要求が無効であるとする原告の主張は失当である。

三、結論

以上の次第で原告の本件配当表に対する異議は理由がないから本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 広瀬友信)

別紙〈省略〉

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